2016年10月 1日

本:虐殺器官、SFだからこそ人間の原点について語られる

9・11以降の世界、テロ対策としてID認証が生活のあらゆるところに浸透している。第一人称で書かれた「僕」という人間はアメリカ特殊部隊で暗殺屋をやっている。高度に発達したバイオテクノロジーを武器にして、虐殺が氾濫している様々な戦場へ派遣され、キーパーソンを暗殺し続けても世界は一向に平和にならない。唯一の手がかりはジョン・ポールという男、彼がいるところは常に大量殺戮が起きる、暗殺リストの常連になっているが、「僕」がその現場に駆けつけた時はもうそこにジョン・ポールはいない、まるでゴーストのような存在。彼の目的はなんなのか、どんな手段で虐殺を引き起こしたのか、「僕」はジョン・ポールを暗殺できるのか。これがメインストーリーとなるが、この本の素晴らしさはこれだけではない。

最初に惹かれたのは文章の中のスパイスだ。戦場や虐殺の現場とその死体の描写がやたらとリアルで、「気持ち悪い」よりかは戦争の恐怖を覚えさせる。村の広場に掘られた穴の中で死体が焼かれ、筋肉が収縮し髪の毛から発散した臭い匂い、何もかも臨場感がやばかった。平面上での文字でここまで没入感をもたらすとは感心した、まるでVRメガネでそこに立ち、さらに臭覚まで再現されたような感覚だ。

主人公達は戦場へ出発する前にカウンセリングを行う。そこで脳内マスキングというのを受ける、要は戦場でいちいち子供兵を殺す時の「余計」な論理的思考を「排除」するオペレーションだ。事後にPTSDにならないよう、事前に予防ワクチンを打っておくようなものだ。それにしても主人公は常に殺人について考える。国家の命令だから、良心の部分をテクノロジーで麻痺したから、平然と人の命を取ることに何の罪悪感も感じない自分に悩まされる。良心とは何か、個体の進化の過程においてそれは邪魔者なのか、遺伝された「人間らしさ」の一つなのか、真の自由を妨げるものなのか、主人公が一人で考えたり、他人との会話で議論されたりして、読者に咀嚼してもらうところがよかった。

もう一つ特筆したいのは家庭問題だ。主人公が幼い時、お父さんが自殺した。自分の親が自殺すると、どれだけ深刻な影響をその家庭に及ぼすか、これで少しは覗き見できる。彼もいつかお父さんのように「消える」のではないか、と心配してるように母からは常に用心深く見られてた。とにかく「僕は消えないよ」を伝えるのが彼の前半の人生においての第一の優先事項で、周りに迷惑かけない、静かで大人しく人生を過ごすことに注力してきたが、そのような生活に疲れてエキストリームに、就職先を軍にしてしまった。本当に親というは生死問わず生きている子供の人生分影響を与えることだな。

世界各地の戦場に足を運び、ひたすら命令通りに暗殺という「業務」をこなす中、ある日自分のお母さんが交通事故にあった。意識不明になりドクターからは延命装備を外すか否かという問いに、主人公は初めて自分の選択で人の生死、しかも生身の自分の母の、を決めなくてはならなくなった。医学が進化し脳の研究も十分発達してかえって悩ましいことに、意識あり・なしの定義が医学的にも社会的にもグレーゾーンになっていて、今病院のベッドの上に横になっているは自分のお母さんなのか、骨と肉と筋肉で出来上がった「塊」なのか、明確な定義がないことだ。どれぐらい脳が機能すればそれを「人」と呼べるのか、魂はあるのか、自分はお母さんをこのまま生かすべきなのかそれとも・・・その葛藤がまたいつも主人公を苦しめる。

もちろんSFの要素も盛りたくさん仕込んである、十分読み応えはある。自動出血措置を行うスマートスーツ、指紋認証がついてる銃、カモフラージュ機能で周りの環境にとじこむ迷彩服、自動分解できる侵入鞘、ナノディスプレイになる目薬、痛さは「知る」けど痛みを「感じない」痛覚マスキングなど、今後映画が出来上がったらぜひそれらのテクノロジーを観てみたい。

全体の感想としては、まさにSFだからこそ、色々と厳しい問題を露わに表現できて、人間性についてシリアスに考えることができたと思う。

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Qihuan Piao

朴 起煥

東京で働いている「外人歴」9年のソフトウェア「ライター」。いつの間にか納豆が食えるようになり、これで日本に慣れきったと思いきやまだまだ驚きが続いてる。読んだり書いたりするのが好きで、自身の経験や本から得た「何か」をここに書き出してる。最近古本屋にハマってる。

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