小説:マスカレード・ホテル、プロの仕事に惹かれる
東野圭吾の小説を読むのはこれが二回目です。前はドラマを結構観て面白いと思ったんですが、小説には小説の持ち味があって数ページ読むだけでまんまとはまりました。
この小説はいうまでもなくホテルが舞台となったストーリーです。連続殺人事件の第四の場所がホテルコルティアだと警察が予知できて、フロントクラークやベルボーイなどホテルのスタッフに化けて潜入捜査を行い何とかして次の事件を未然に防ぎたい、というのが警察側のプランでホテル側としてはもちろん殺人事件を防ぎたい気持ちは同じですが、顔つきの「悪い」警官達がホテルマンとしてロビーにいるとき、いかにサービスのクォリティーを落とさずにいられるかがまた大きな課題であり、両サイドの協力し合いつつも妥協できない渦巻きのど真ん中にいるのが主人公である山岸尚美というフロントクラークと新田という同じフロントに潜入捜査する刑事です。二人の衝突と対立、誤解と和解、それぞれの立場からの仕事へのプロ意識が事件そのものを超える醍醐味であると僕は思います。
特に山岸尚美の仕事ぶりに感心しました。ストイックでお客様を心から大切にし、そのホテルに泊まってくる以上最高のサービスを提供したい、そういう一見つまらなさそうな人かもしれませんが、小説の冒頭部分を少しでも読めばなんとなく惹かれる人物です。なぜホテルマンを目指したのかも素晴らしいエピソードで、そこはぜひ読んでご自分で楽しんでください。
通常、ホテルのフロントクラークといえばただチェックイン・チェックアウト業務を機械的にマニュアル通りにこなすイメージかもしれませんが、これを読んで、ああ実はホテルに訪れる人々は様々なバックグラウンドでいろいろな課題を抱えているのが分かるようになって、人と接触する職業はーー自ら目を閉じない限りーー退屈にはならないことかなと改めて思いました。
またそのようないわゆる「単純作業」と、世間から見られても誇りを持って真剣に取り組めば、ただ綺麗ごとを並べるのではなく、それが常に実行できる人間はやはり自然にリスペクトしてしまい、そう誇りを持って仕事に臨みたいという気持ちにさせます。全然ホテルの仕事と関係なくても楽しめる要素はたくさんあります。
この本を読んで、一度はこういう高級ホテルに泊まりたくなったのが一つの感想、ただフロントに行くときは、変に期待感を高めてしまう可能性が非常に高いと心配しています。
もう一つは敬語が面倒くさいことではなく、本当に生きてる感じ、「本来の敬意」そのままが含まれているときは綺麗だなと思い知らせてくれました。
最後に二つ特に印象に残った文章を引用してこの記事を締めたいと思います。
「ホテルの外でなら何が起きても構わない、というわけですか」の新田の問いに対し、「私たちはお客様の幸福を祈っています。でも自分たちが無力であることもわかっています。だからこそ、ご出発のお客様には、こう声をおかけするのです。お気をつけて行ってらっしゃいませ、と」客がホテルにの中にいるかぎりは、全力をかけて守ってみせるーー新田にはそう聞こえた。
「ホテルに来る人々は、お客様という仮面を被っている、そのことを絶対に忘れてはならない。ホテルマンはお客様の素顔を想像しつつも、その仮面を尊重しなければなりません。決して、剥がそうと思ってはなりません。ある意味お客様は、仮面舞踏会を楽しむためにホテルに来ておられるのですから」