君はワンちゃんかい、猫かい
自分が見た夢を人に伝えるのはとても難しい。
理屈が通用しない世界、順序が前後し、とりとめもなければオチもない。これをただありのままに話しても、聞き手にとってはなんにも面白くない。かといって、夢の世界観を借りて、少し話を盛ればそれなりの逸話になるかもしれないが、そのような修飾は、語り手としてはどうも腑に落ちない。夢に嘘を混ぜたら、それこそ真実とフィクションの挟間にある、どっちにも属しない話になってしまう。
それでも夢の中で経験したその生々しい感触を、誰でもいいからとにかく誰かに伝えたい場合がある。自分の身に実際にあってもおかしくなかった、そんな夢を。カーテンを開けて、日差しをどれだけ浴びても拭えきれないほどに、その感触はとても深いところまで染み込んでいる。簡単には片付けられず、どこまでも引きずってしまう。
ここからは僕がこの前に見た夢を感じ取ったままに語る。小説に出てくる夢のシーンは往々にして示唆に富む話だが、僕がこの現実世界で見た夢はそうではない。たぶん。だから読み手に何か有意義なことになるか、と聞かれると恐縮な気持ちになるが、どうしてもこの夢の情景をキャンパスに描きたい気分になった。そして絵心ないので、文字に引き換えている。
伝染病か何かで世界の人口は激減し、残された人類は生きるために、それぞれ小さなコミュニティを作って、共同生活をせざるを得なかった。(この辺はよく見るディストピアの作品に明らかに影響を受けてる。)
気づいたら僕は廃墟となった町をさまよっていた。食料探しに出かけたのだ。町はなぜかアメリカの大きな一軒家がずらりと並ぶ住宅街の形をして、人気がなく、路肩に放置された車にはぶん厚いほこりがたまっていた。ハトやカラスといった鳥たちの死骸があちらこちらに散らばっていた。飛行中に力が尽きてしまい、そのまま重力に引っ張られ、地面に叩きつぶされたみたい。
このまま食料が見つからなかったら、帰って「村」のみんなにどう説明すればいいんだろうと悩んでいるその時、一軒家の車庫の脇にぷるぷる震えている何かが目に入った。近くに行って確かめる。まだぎりぎり生きている小動物だった。人間以外の生き物はほとんど絶滅していたから、この出会いは僕を高揚させた。
その小動物はまだ赤ん坊のようで身体が小さかった。耳は比率に合わないくらい大きく、まるで象さんのようで、その一対の大きな耳で両目を覆っていた。何があっても目を開けるまいと固く決心したように見えた。まるでメデューサに石に変えられるのを恐れているみたいに。
小動物は酷寒と飢渴に必死に堪えてきたが、そろそろ限界のようだった。しかし僕は分けっこできる食べ物など持っていなかった。首の下にそっと手を差し出して、僕は聞いた。
「君はワンちゃんかい、猫かい」
(今になって思えば、これはいささか奇妙な聞き方だ。なぜかは知らないが、僕は犬と猫のどっちかだと確信していた。あの象のような大きい耳を完全に無視して。)
その小動物は目を耳で覆ったまま、舌で僕の手のひらをなめなめしながら、「ミャーォ」となついてきた。
「助けないと」と僕は思った。その子猫を両手で注意深く持ち上げて、ジャケットの左側の内ポケットに入れた。危うい状況に陥ったが、その生命力が発する熱はシャツを通し、僕の心を温めてくれた。右手でジャケットの襟をしっかり掴みながら、僕は帰路についた。子猫は始終大きな耳で目を覆っていた。
秘密基地というべきか、アジトというべきか、僕が属する「村」はどうやら鉄道倉庫を拠点としている。重い鉄の扉をちょうどひとり通れるくらい引っ張って、僕は中に入り、また素早く扉を閉めた。
あたりは薄暗く、気休め程度に窓がいくつかあった。天井は大きいものの、たくさんの貨物コンテナが倉庫いっぱいに積んであって、空気の居場所さえ奪ってしまう勢いだった。生活用品の一つすら見当たらず、果たしてどうやって生きているか、真面目に突っ込むだけ野暮だ。
「食料は見つかったか」とリーダー格の人に正面から聞かれた。声に尊厳さがにじみ出るが、顔を見ると意外にもまだ子供だった。ガキ大将という言葉が思い浮かんだ。そこで初めて自分も小学生の体つきであることに気付いた。どうやらここは生き延びた子供の集まり場のようだ。
周りの視線を感じる。倉庫に入った時は人の気配ひとつ感じなかったが、ガキ大将の一言で身を潜めていた「住民」たちの存在に僕は気づいた。貨物コンテナの上に座ってこっちを睨んでる人、影に隠れて耳を傾けてる人、その神秘さは『ハンターハンター』の幻影旅団を思わせた。暗殺者たちではないけど、「表の光」が好まない子供たちの集団のようだ。
返答に窮した僕にガキ大将は不審を思い、接近してきた。鋭い目はすぐに僕のジャケットの膨らみに気づいた。
「ふざけんな!ただでさえ食料不足なのに、猫なんか飼えるわけねいよ!」とガキ大将が責める。
子猫は鳴いてもないし、しっかりとジャケットのポケットに隠しているのに、なぜわかった?あなたの能力は透視眼ですか!?と思わず口に出すところだった。
いろいろな感情が込み上げてきた。
彼の指摘通り、この状況で子猫を拾ってくるのは、ただでさえ足りない食料を、みんなから奪うことに等しい。その責任は僕が取れるのか。この残酷な世界にこんなわがままは許されるはずがない、そんなことも忘れ、一瞬の衝動に駆られた自分が恥ずかしかった。それでもこの小さな生命はほっておけなかった。それは奇跡であり、希望そのものだ。そしてこの世は今まさにそれを求めている。
しかし何よりも恥ずかしかったのは、僕は犬派と自己主張してきたのに、実は「隠れ猫派」だと見抜かれたことだった。これは何より僕を混乱させた。自分はいったいどっちなんだ?「君はワンチャンかい、猫かい」の質問をしたとき、僕自身はどんな返答を望んでいたのか?僕が強く願えば、この小動物は僕の意思に応えるように変形してくれるはず、そんなふうにさえ思えてきた。なのに僕はあのとき判断を下せなかった、それを流れに委ねた。その迷いが具象化し、この局面まで発展したのだ。
僕に注がれている目線が鋭い刃物のように感じた。ガキ大将は太くて長い腕を伸ばし、「そいつをよこせ」と命令した。僕は左足を一歩下がり、重心をそこに移し、対抗の姿勢をとった。ろくなことは言えず、ただ「それはやだ」と子供ぽく連発しながら、ジャケットの襟を右手で強く握りしめた。その隙間から子猫に目をやった。両目を覆われていた一対の耳はいつのまにか通常の大きさに戻り、子猫は目を開けて、じっと僕のことを見つめていた。魂が宿っているきれいな瞳だった。そして最後にもう一回「ミャーォ」と鳴いた。
そこで幕が閉じ、夢の終わりが唐突に訪れた。僕は煮えきらない気持ちで朝を迎えた。