からかい下手のゾウキンさん
去年の半ばに外資系に転職した。見た目も性格も多彩多様な外国人軍団、面白い初対面が多々あった。
大柄で、丸坊主で、目つきが悪く、顔がめちゃくちゃ怖い人が、実はポーカーフェイスの、自分を犠牲にしてもジョークを優先する、サービス精神旺盛な人だった。
ガタイがよく、七三分けの髪型にハンサムな顔、しかし振る舞いが芝居掛かっていてチャラそうに見える人が、実はオチの前によく大爆笑して逆に場を壊す、ピュアな少年だった。
そんなふうに、時が経つにつれ、少しずつ周りの人たちへの理解は深まっていく。しかし、第一印象があまりにも衝撃的すぎて、まったく払拭されない事例が一つだけある。
入社して間もない頃、同僚二名と一緒にランチを食べに行った。一人はインドネシア人のHさん、一人は日系メキシコ出身のEさん。僕たちはお店の中央にある大きなラウンドテーブルの席に案内され、週替わりを注文した。そして話題はその夜に開催する社内のサマーパーティーになった。
毎年、夏と冬に全社規模のパーティーが開かれるのは、入社オリエンテーションで聞かされた。大陸ごとに分かれて開催し、僕らが属するAPECでは、中国と韓国とシンガポールの社員も東京に招いて全員で大掛かりのイベントを行うそうだ。
「過去ではクルーズを貸し切って夜の東京湾を駆けたり、ディズニーランドの一空間とミッキーマウスたちを一人占めしたりしてたな」とHさんは懐かしげに言った。
流石にアメリカ企業、想像を絶するスケールだと僕は感心した。
その後もしばらく彼らの話を聞いていたら、なぜかワンピースのマンガの扉絵が思い浮かぶ。ルフィと彼の愉快な仲間たちが満面の笑みで宴を楽しむ心温まる光景。このサマーパーティーはきっとそんな感じなんだろうな。日本企業でありがちな半ば強制参加で、お偉いさんの延々と続くスピーチで乾杯が遅らせる宴会とはまるで違う。
僕はちょうどサマーパーティーが行われる六月に入社した。オリエンテーションのとき、人事の方が「ちょうどサマーパーティーに参加できるね、よかったね」と言った。外国人軍団に自己紹介の時に、僕がそれをネタにしたら、「おぉぉ!ちょうどサマーパーティに参加できるじゃねーか!グッドタイミングだ!」とみんな僕の肩を軽く叩きながら言った。
グッドタイミンか。色々な人からそう言われたら、何故か、自分もそう思い始めた。それまでなんとも思ってないのに、クラスメートの冗談で、急にある女の子を意識するようになったみたいに。何をもってグッドタイミングと言うのか、評価の軸は彼らと違うけれど(ぶっちゃけ僕はそんなにパーティーに情熱を感じないのだが)、その時の自分にはこの転職が結果的にも良かったという実感を望んでいたし、「よかったね」、「グッドタイミングだ」と言われるのは、たとえお辞儀でも正直嬉しかった。
「女性たちは気合い入れて、ドレスアップしたりするんだ」とHさんは天井をぼんやりと眺めながら言った。そして視線を僕らに戻して、「でもまあ、野郎たちは見ての通り普段着だけどね」と話をまとめようとしたその時、「?」の疑問符が彼の脳内に浮かんだのが伺えた。彼はしばらくEさんの襟シャツをじっと見つめてから、何か悟ったように大きくテーブルを叩いた。
「お前、それ、パーティ服だろう?いつもパーティの時に絶対これ着るよな!前回もこれ着たよな!」一気に興奮したHさん。二週間あまりの付き合いで彼がからかい好きなのはわかっている。その勢いは東京03の飯塚が角田の合コンの勝負服を突っ込むコントを連想させた。
言われてみれば確かにEさんの今日のシャツは普段より一層輝いているように見える。生地がよく、襟がしっかり立っている。ファッションに無関心な僕はこれ以上のヴォキャブラリーを持ち合わせていないが、でも今日のEさんそのシャツをまとって、いかにも「できる男」のオーラーを出している。
Eさんは虚をつかれたか一瞬言葉を失った。「なんだお前も気合い入ってんじゃん」と追撃するHさん。しかしEさんはいつものクールさを崩さず、回復のひと時を要してから、無言でさっと中指を立てた。そして冷徹な口調で言い返した。「お前の服のセンスよりマシだろう。いつも雑巾みたいな。」
この反撃はHさんは予想しなかったのか、今回は彼が逃げ場を失い、咳払いをして場をごまかそうとした。
この攻防戦を横で見ていて、僕はけっこうヒヤヒヤした。このような会話や中指を立てるのは日本人同士では絶対ないでしょう。同僚ではなく、むしろ同級生みたいだ。異郷人同士で、かつ英語だからこそ、30、40になっても隔てなくこんな冗談が通じるかもしれない。
Hさんがうろたえる隙間に、僕は改めて彼の洋服を眺めた。普段から無造作ではあるが、清潔感にはけっして何の問題もない。でもなぜなんだろう、手入れが行き届いてないのか、言われてみれば、確かにHさんの洋服は雑巾のヨレヨレの質感にかなり近い。
このできことを境に、僕はHさんの洋服に目を配るようになった。そこから十ヶ月経った今、そのスタイルは、あるいはセンスは、季節に影響されず恐ろしく一貫している。一貫してヨレヨレしている。彼はからかい好きで、エレベータを待つ合間でも、弁当をレンチンする合間でもいつも誰かに先手を打つが、大体ワンラウンドで敗れてしまう。それでも諦めることはなく、来る日も来る日もからかっていく。その不服の精神に、もはやリスペクトせざるを得ない。
こうやって彼は僕の中で「からかい下手のゾウキンさん」と化している。彼が自分のブランドイメージを挽回する日は、果たして来るだろうか。
後記:年末のウィンターパーティに、Eさんは違う襟シャツを着ていた。