見苦しい走り方でも、完走すれば勝ち

四月は毎日ブログを書くという目標を決めている。そこから10日が過ぎた今、一日もサボらずに毎日書いて、どこかしら(全部kinopyo.comの上ではないけど)投稿している。
最初の一週間は軽井沢に行き、優雅に一人暮らしをしていた。休暇を取って、ほぼ自分で全てを決められたーー睡眠、食事から散歩のルートと鼻歌の音量まで。初日に大量に肉じゃがを作ってしまったら、三日間も食べ続ける羽目になったのは大声で言えない。こんな環境の中だったから、集中して色々と考えたり書いたりできた。
一つのアイデアを膨らませ、大まかな形作りをし、はみ出したところを消しとり、輪郭を整え、最終的に完成するという一連の作業はそれなりに時間と精力を要するが、これは「払える範囲」。何しろ仕事していなかったから、その分何も消耗されることはなかった。しかし、その「完全なる休暇」の一週間が終わり、「通常業務」に切り替えられてからは、机の前に座って何か書けるのはだいたい夜の12時以降になった。
静謐な夜は元々大好きだし、この時間帯だからこそ生み出せるものもたくさんあるけれど、疲れ切った一日の最後に何かについて深く追求して書くのは本当難しいと実感した。睡魔と戦いながら内心を顕微鏡にかけるのは、いくらでもヒューマンエラーが起こりそうな気がする。
今夜がまさにそのケースで、言い訳したい気持ちを抑えるのが一大変だった。睡眠を削っても結局ロークオリティのものしか書けなかったら本末転倒じゃん、とか。明日の朝に早く起きてまた書けばいいじゃん、とか。やっぱりこれが「目標」のトラップだよね、とか。まあ言い訳の脳は時間帯と関係なくいつも元気でクリエーティブでいるらしい。
自分はまるでマラソンの初心者のように、最初の勢いと体力の余裕さから快適な序盤を過ごせたが、中盤に近づいたら急に弱気になってしまった。「そもそもなんでこんな修行僧をしているんだ、誰もあなたに望んでないのに」、と自分にこのミッションの意味を再確認する。
体験がしたいんだ。全てはこれに尽きる。
順調な時はもちろんのこと、激務の日でも書き続けること(あるいはどんな些細なことでもいい、それをやり続けること)がどんな感じなのか?それをやり抜くにはどんな努力が必要で、そのアウトプットはその努力にふさわしいかどうか?その体験とその答えを得るには、やはり何があってもこのレースは完走するしかない、途中でどんなに見苦しい走り方を見せてもだ。これを乗り越えてから分析すればいい、今は目の前の一歩一歩をしっかりと踏み出せ、これをコミットと言うんだ。