チームに、こういうタイプの人がいたことがある。

責任のバトンを、自分から他人へ、他人から環境へ、環境から文化へと渡していくのが妙にうまい。

チームが疲弊しているとき、誰かが静かにフォローに回っているとき、そういう背景を察せないまま、自分だけ普段どおりの軽いテンションで入ってきてしまう。そして、「いつも通り」のノリの一言が、逆に誰かの我慢の限界を、もう一段押してしまう。

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いつも同じ男に痛めつけられている。

一週間や二週間に一回の頻度で。悲惨な状況である。よだれを垂らしながら、間抜けな顔にさせられ、血まみれになったり、頬が腫れたりして。

そうです、ご想像のどおり歯医者のことです。これが僕にとっての「身近な恥辱」である。

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月の始まりの日が月曜日と重なると、やや高揚する。

これは中国人の曜日の表現の仕方と関係するのかもしれない。中国語では月曜日は「周一」あるいは「星期一」と表す。曜日に連動して最後の数字が連番となっていく。例えば火曜日は「周二」、水曜日は「周三」、そしてそれが「周六」まで続いて、日曜日は例外で「周日」と変形する。日本に13年住んでいても、僕の中では曜日の感覚は「月火水木金土日」というよりは、数字の「一二三四五六」のほうと強く紐付いている。

2月1日が「周一」。日付と曜日の数字がぴったり合うと、僕は時計の針がぴったり重なったような一体感と整合感を感じ取るのだ。

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#stationery

モノを選ぶときは常に自分のニーズや課題、今の生活ルーチンの中でのユースケースを想像しながら、できる限りこちらの条件を明確にするのが大事。すべてを網羅するデザインは存在しない。自分の要求をはっきりすればするほど、該当対象は絞られるけど、それにきちんと応えてくれるモノに出会えれば、それは長らく愛用する人生の友になる。その探し求める過程はなかなかの醍醐味である。

さてさて、ペンケースの話をしよう。

僕がペンケースに求めているものは何か、まずはそれをリストアップする。

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#stationery

いくつか愛用の文房具を紹介します。まずは定規から。

僕は本を読むときに気になる箇所に、定規で線を引いている。素手で引くときのグニャグニャとする線はどうしても生理的に受け付けない。どういうふうに線を引くかは、『三色ボールペンで読む日本語』に強く影響され、ご興味がある方はぜひ一読してみてください。

なので、僕が定規に求めているのは読書時に線を引くための機能であり、長さを測るという使い方はほとんどしていない。その目線から、試行錯誤の末、今はこのKUTSUWAの16cmブラック定規にたどり着いた。

KUTSUWAの16cmブラック定規

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#dreams

自分が見た夢を人に伝えるのはとても難しい。

理屈が通用しない世界、順序が前後し、とりとめもなければオチもない。これをただありのままに話しても、聞き手にとってはなんにも面白くない。かといって、夢の世界観を借りて、少し話を盛ればそれなりの逸話になるかもしれないが、そのような修飾は、語り手としてはどうも腑に落ちない。夢に嘘を混ぜたら、それこそ真実とフィクションの挟間にある、どっちにも属しない話になってしまう。

それでも夢の中で経験したその生々しい感触を、誰でもいいからとにかく誰かに伝えたい場合がある。自分の身に実際にあってもおかしくなかった、そんな夢を。カーテンを開けて、日差しをどれだけ浴びても拭えきれないほどに、その感触はとても深いところまで染み込んでいる。簡単には片付けられず、どこまでも引きずってしまう。

ここからは僕がこの前に見た夢を感じ取ったままに語る。小説に出てくる夢のシーンは往々にして示唆に富む話だが、僕がこの現実世界で見た夢はそうではない。たぶん。だから読み手に何か有意義なことになるか、と聞かれると恐縮な気持ちになるが、どうしてもこの夢の情景をキャンパスに描きたい気分になった。そして絵心ないので、文字に引き換えている。

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去年の半ばに外資系に転職した。見た目も性格も多彩多様な外国人軍団、面白い初対面が多々あった。

大柄で、丸坊主で、目つきが悪く、顔がめちゃくちゃ怖い人が、実はポーカーフェイスの、自分を犠牲にしてもジョークを優先する、サービス精神旺盛な人だった。

ガタイがよく、七三分けの髪型にハンサムな顔、しかし振る舞いが芝居掛かっていてチャラそうに見える人が、実はオチの前によく大爆笑して逆に場を壊す、ピュアな少年だった。

そんなふうに、時が経つにつれ、少しずつ周りの人たちへの理解は深まっていく。しかし、第一印象があまりにも衝撃的すぎて、まったく払拭されない事例が一つだけある。

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