アルマジロとトウモロコシ

十数年前、会社の先輩が書いたブログの記事を読んだ。娘さんが自転車に乗れるようになった、という話だった。

自転車に乗れるようになるということは、自分の意志で、ずっと遠くまで行けるようになるということ。それを喜びながらも、親として少し寂しく感じる。そんな内容だったと記憶している。

当時の僕はまだ独身で、先輩の気持ちを実感できたわけではない。それでも、なぜかその文章がずっと心に残っていた。

それから十数年。僕にも娘が生まれ、今年小学一年生になった。先日、一緒に図書館へ行った。

図書館の検索用パソコンの前で調べている娘のちびキャライラスト

その日、初めて検索用パソコンの使い方を教えた。本のタイトルをひらがなで入力し、検索結果から置いてある棚を調べる。本の分類や並び方も一緒に確認した。

最初の一、二冊を一緒に探すと、娘はもう「大丈夫、自分でやりたい」と言い出した。少し恥ずかしそうに笑っている。どうやら自分であれこれ試すところを見られたくないらしい。そういうところは僕によく似ているので、邪魔をしないことにした。

娘は学校で勧められた本を次々と検索し、棚へ向かう。図書館にない本もあれば、すでに貸し出し中の本もある。それでも気にする様子もなく、せっせと次の本を調べ始める。

思えば、小学校に入ってひらがなが自由に読めるようになってから、娘の知っていることは少しずつ、でも確実に増えている。

例えば、最近は「アルマジロ」や「スカンク」といった動物の名前を、当たり前のように口にする。僕には名前からしてなじみが薄く、どんな動物なのかもよく知らない。それなのに娘は、まるで「とうもろこし」や「だいこん」とでも言うように、すらすらと口にする。学校で覚えたのか、本で読んだのか。いつの間にそんなことまで知ったのだろう。

しばらくして娘の様子を見に行くと、また追い返された。

「大丈夫だよ。アッパは自分の本を探しに行って」

少し照れくさそうに、でも楽しそうに笑っている。もう自分の世界を探検し始めているんだな。

そんな姿を眺めているうちに、ふと、あの先輩の文章を思い出した。

ああ、こういうことだったのか。

自転車に乗って街へ出ていくように、娘は今日、本の世界へ自分で漕ぎ出す方法を覚えたのだ。これから僕の知らない本を読み、僕の知らない世界へも出かけていくのだろう。

そうして僕は、娘に言われたとおり、自分が読みたい本を探すことにした。

結局、二人とも図書館に夢中になって、昼ご飯が遅くなった。僕は妻の顔色をうかがうことになった。

Qihuan Piao

朴 起煥

中国育ち、東京暮らし。読んだり書いたり、時には考え込んだり。親になってから5年ほど、ブログ(とその他もろもろ)は完全停止していたけど、気づけばまた書いている。ここにはそんな寄り道の記録を書いています。結論が出ない話も多いけど、それもまたよし。

その頃、英語で書いたもの

My Dream Job in Edo-Era Japan: A Traveling Book Lender

2026年10月30日

その頃、韓国語で書いたもの

기환이라고 불리던 시절

2026年11月1日