
1月にあった話。年明けで友人に会いに行った。
約束の時間よりも15分早く着いたから、時間つぶしに困ったとき、ちょうど電話通信があった。見覚えがある。確か8年前に転職活動してた時に登録した人材紹介エージェントだった。

1月にあった話。年明けで友人に会いに行った。
約束の時間よりも15分早く着いたから、時間つぶしに困ったとき、ちょうど電話通信があった。見覚えがある。確か8年前に転職活動してた時に登録した人材紹介エージェントだった。

ある日、偶然にiBooksで第1巻を試しに読んでみたら止まらなくなって、勢いで9巻まで一気に全部読んちゃった、そんな魔力のある作品である。読み終わってからだいぶ時間が経った今でも、まだ妙に心がディスターブされ続けている。ちょっと暗いテーマにはいつも惹かれるが、本作には上位に乱されている。素晴らしい。
金曜日のチームランチ、総勢11人でブラジル料理を食べに行った。
会計時、俺が先頭を切って伝票をカウンターに置く。 店員さんが回ってきて「ご一緒でよろしいですか?」と俺に尋ねる。 その気持は分かるが、残念ながらここは会社の経費を使う場合ではない。
「別々でお願いします」 「あ、えー、少々お待ち下さい」と言い、テキパキとパネルをタッチする店員のおっさん。 「えー、そしたらお客さんはー?」 「豚肩ロースのステーキです」 「えっと・・・」また一連のタッチ操作。
やっと受取の体制が整ったのか、急に頭を上げ、しっかりこっちの目を見ながら響く声で「豚ですね?!」と再確認する。 「・・・」 黙ってお金だけを差し出す俺氏。
そしたら後ろに並んでいたTさんも同じく豚肩ロースのステーキを注文したらしく、それをおっさんに伝えたら案の定、「お客様は…豚ですね?!」と来て、ぽっちゃりで人好のTさんは無防備の状態で元気よく「はい!」と答えた。
「豚肩ロースのステーキを注文した人間です!」と突っ込めばよかったと後悔。 客の顔面に向かって「豚ですね」と連発するのはちょっとな・・・


湧き出そうとする涙を必死に堪えて、雪の積もった道をひとりの少年が狼狽えていた。彼は自分のなしたこと、いや、なさなかったことに悔やんでいた。友達を裏切った罪悪感、取り残された孤独感が押しかけ、連日、布団から出られなくなった。死んだほうがマシだ、とさえ思った。
そんな時、彼のそばにやってきたのは、彼の叔父さんだった。そして一冊のノートを残してあげた。そこにはこんな言い伝えがあった。
「いま君は大きな苦しみを感じている。なぜそれほど苦しまなければならないのか。それはね、コペル君、君が正しい道に向かおうとしているからなんだ。」
それに心を打たれたのはその少年と、その本を手にとって読んでいた私であった。
数年前電子書籍の流行りに乗ってKindleを買った。感動のハニームーンも幕を閉じ、結局今は紙の本に戻った。その「両端」を行き渡った経験から、読書の原点に戻った理由を探ってみたい。
まずは電子書籍のメリットを評価してあげたい。
ここ数年Kindleは常に進化していて、この先も期待できるのではないかと思う。
一長一短、電子書籍の強みはすなわち紙の本の短所。それでも紙の本を選ぶわけというのは、以下の点を評価しているからである。
『僕だけがいない街 Another Record』を読んだ時のしびれがまだ新鮮に体内に残っている。あの犯罪者の主観世界の描写が変に受け入れやすく、一瞬自分も犯罪体質があるのではないかと疑うまでだった。それから作者の一肇をフォローし、この度新作『黙視論』を読み終えたところである。
なかなか面白いが、作者曰く、「正直、この小説はある特殊な気概をもつ奇特な方々以外には、あまりおすすめできません。」、とのことで、全員に超おすすめという感じでもない(決して自分だけが特別だと独占したいわけではない)。
ここではあえて本編には触れず、主人公の未尽という女子高生が「言葉を捨てた」行動自体について妄想を走らせたい。
少しコンテキストを足すと(ネタバレになるのかが不安)、「言葉を捨てた」本質的な理由は失うことが怖くて、その気持ちを自分にさえ悟られないように、と本の中で書いてある。
気持ちを自分にさえ悟られないように。その文脈からは、とある気持ちがすでに体内に潜伏し、当て字を選ぶように、その物体に当て嵌まる言葉を自分で悟ることだと考えられる。
さらにその過程を追伸すれば、人間は感情が先立ち、それに相応しいいくつかの言葉が後を追い、その中でもっとも適切なのを(ほぼ無意識的に)選別することで、気持ちのある種の収束ができるということになる。また、その言葉が持っている意味から「未来性」さえ暗示し、それも根強く、そこからの方向転換やその気持ちを断ち切ることが極めて困難になる。
「あの人のことが好きかも」と不意に内心で呟いた瞬間からは、今までのわけのわからない感情がまとまり、そして「好き」というコモンセンスから「ずっと一緒にいたい」という憧景が付属してくる。その未来が約束されないから怖い。ひょっとするとその悟りは「失い始める瞬間」をも意味する。人を好きになれた幸せ、それを得た同時にそこに終止符を打たれたような物語になるかもしれない。
…ならば、言葉が追いつこうとした時に言葉自体を捨てたらどうなる?その感情は着地点を失い、鎮圧され、痛みを感じる前に強制終了されるのか?それともただ悟られないまま温存され、辛抱強く沈黙の中で、いずれくる冬眠明けを待つだけなのか?
これがこの本を読んで一番楽しく吟味させられたことである。
電車の中の数多な広告の中で、宝物探しのように自分にささるものを意識的に集め始めている。収穫数はなかなか伸びないが、厳選した3つをひとまず紹介したいと思う。